神社仏閣・石碑 : 山形グルメ探検隊

山形グルメ探検隊

山形市は知られざるグルメ都市。山形で見つけた美味しいモノ、お薦めのお店をご紹介します! そして、たまには山形の地元ネタも♪

神社仏閣・石碑

ここがかの有名な・・・ 《佐野市/佐野厄よけ大師》

そう言えば、前回佐野に行った時の写真が残ってたんですよ。
そのうちブログにあげようと思いつつ、すっかり忘れてました(^^;

佐野厄除け大師

さのまるくんがお迎えしてくれてるのは、かの有名な佐野厄よけ大師
佐野といったら、さのまるくんが腰に差してるいもフライと、やっぱりここですよね。
前から気にはなってたんですが、これが初めての訪問でした。

金銅大梵鐘

門をくぐると、すぐ右手にはこんな金ピカの鐘がありました!
説明書きにもありますが、この金銅大梵鐘、ただ目立たせたいわけじゃないんです。
なんと人間国宝の手による作品だそうですよ。恐れ入りました。

パゴダ供養塔

順路を進むと、奥にはこんな珍しい仏塔がありました。
パゴダ供養塔というそうですが、一番上にある宝珠がおそらく「パゴダ」なんだと思います。
パゴダ=宝珠とすると、それは深く佛を信じる魂そのものだとされています。

れいすい観音

こちら、盗難に遭って行方が分からなくなっていたものが、1か月以上たってから雨ふる駐車場に立っているのが見つかり、奇跡のれいすい観音と呼ばれているそう。

本堂

こちらが本堂。中も立派なのかもしれませんが、窺うことは叶わず。
しかしさのまるくん、どこにでもいるな 笑
今度は栃木の名産、イチゴを食べてますけど、これお寺の雰囲気にマッチしてるのか・・・

元三大師

元三大師。
そう書いてありますが、それが何なのか全くわからず・・・

絵馬の自販機

なんと、絵馬の自動販売機。
先日、十文字の天満神社でも御朱印の自動販売機を見かけましたが、神社やお寺でこんなに堂々と自動販売機が設置されているのを見たのはこちらが初めて。
この時はかなり衝撃を受けましたね。

お守りの自販機

お守り、おみくじも自動販売機ですよ。
種類も多くて、たくさんの自動販売機が活躍してました。

東照宮拝殿

こちら、東照宮拝殿。
佐野にも東照宮があったんですね。家康公の遺体を日光まで運ぶ途中に、ここで一夜安置をしたことからここにも東照宮が建造されたんだそうですよ。

東照宮の唐門

東照宮の唐門。これも派手ですね~。
さっきの拝殿もこの唐門も、県の文化財に登録されているんだそうです。

佐野厄よけ大師ってとても有名なので、かなり大きい立派なお寺だと思ってたんですよね。
でも正直言うと、思ったよりも小規模なお寺でちょっと驚いたんです。
その一方で、この規模のお寺さんがこんなに有名になるってことは、よっぽどご利益があるんだなと、かえってそう思うことができました。

僕は厄年ではなかったけど、しっかりお参りしたからきっといいことがあるはずだ♪



人知れず、頭上に立ち並ぶ石碑たち。

さすがに寒いっすね・・・
今日の最低気温はマイナス6.9℃とか!?
足元の雪もサラサラの状態で、まるで砂漠か砂場の上を歩いているようでした。

そんな帰り道。

IMG_20260126_204342_(800_x_600_ピクセル)

ちょっと寄り道してほっとなる横丁さんのところを歩いてきたのですが、いつも間にやらカキ小屋ができてたんですね!
みんなの炉ばた 燠(おき)さんでよかったでしょうかね。
カキが食べたくなったらBeer Bongさん、と思ってましたが、屋台村でも食べられたとは。
最近ぜんぜんこちらに来てなかったもんな~。やっぱりたまには来てみないとな。

さてさて、いきなり話は変わりまして・・・

こんなところに!

凄いところで石碑を見つけました!
これはしばらく前に、長いから帰ってくる途中で見つけた場所。
国道を走っていたら、頭上の丘というか崖というか、そんな場所に石が並んで立っていたのを運転しながら見つけたんですよ。
さっそく車を安全なところに停めて、わざわざ歩いて見に行ってみました。

ずらり庚申塔

庚申塔。すべて庚申塔でしたね。
もともとここにあったのか、あるいはここに集められたのか。
集めたとしても、なんでこんな場所に!? って感じの場所ですよね(^^;

片方は見えない。

左の石碑は、もう何が書かれているのかよく見えませんね・・・
右は、青面金剛「童子」!
青面金剛はよく見るけど、青面金剛童子なんてものは初めて見ました。
建立は享保年間みたいですね。
ほかの石碑も見てみたんですが、寛政年間のものもありましたけど多くは明治時代の作でした。

明治時代に、このあたりでも庚申信仰が広まっていたってことですよね。
なんか石碑を通じて、当時の人々の生活が見えるようで楽しいです♪



十文字の天満神社が予想以上に凄かった!

今日の都道府県対抗駅伝、山形県は過去最高順位だったみたいですね!
素晴らしい! おめでとうございます!
高校生も強くなったし、NDソフトさんのおかげも大きいですね。
これから、もっと順位を上げていただけるよう頑張ってください♪

さて。昨日は天気が良くなるものと予想して、わざわざ車から傘も下ろして出かけたんですよね。
そしたら・・・ 目的地に着いたところでちょうど雨が降ってきました。

十文字天満神社

十文字の天満神社です。
神様に詣でたところで雨が降るって・・・ 日ごろの行いが悪いってことか(-_-;)
そこはあえて気づかなかったことにして、さっそく境内を見せていただきます。

入り口の庚申塔

鳥居をくぐる前の道路際、左手にはこんな立派な庚申塔。
「文政五年」の文字が刻まれてました。ほぼ200年前の建立ですよ!

さざれ石

「君が代」の歌詞で耳にする「さざれ石」。
どういうものかよくわかりませんでしたが、ここの解説で初めて知りました。

道路から近くに

鳥居の左手に並ぶ石碑たち。
この写真の左手奥には「敷石供養」なんていうものもありましたが、1基は文字がよく読み取れず、この写真の左から湯殿山大権現、太神宮、そして太神宮。それぞれ享和(と見えるような・・・)、文久、文化の建立。

その奥

そしてその右側にはさらに4基の太神宮碑が続いてました。
湯殿山大権現の隣にあった太神宮碑は文久三年、隣は文化、そこから隣は嘉永、天保、万延、文久ですかね。それぞれの時代のものですが、字はどれも達筆ですね~。

右手

逆側、鳥居の右側にあった石碑がこちら。
看板と木の陰にあってちょっと見づらいですね。
金華山と、ここにもまた太神宮。金華山は慶應、太神宮のほうは弘化の時代の建立でした。

目立つ太神宮

さて、一段上がってさらに参道を進みます。
それにしてもこの両側の太神宮の石碑は目立ちますね~。
石碑って、もともとはこういうふうに朱で文字のところを塗っていたんでしょうね。
でもなかなかほかじゃ見られませんよ。

十文字天満神社の拝殿

参道を進んで、こちらが拝殿。
雪がないのはとてもありがたいのですが、冬場はこのシートがあって全体像がよく見えないことがとにかく残念ですね。いや、大事なんですけれども。

自動販売機

シートの内側には自動販売機。
おみくじ、お守り、御朱印も自動販売機でいただけます。
ここは「昭和」を感じさせる光景ですね。

奥にも神社が

拝殿からふと左手を見ると、また違うお社と、石碑がまた並んでいるじゃないですか!
これはいくら雨が降っていようと、行かないわけにはいきません。

綱巻天神

こちらにあったお社は、綱巻天神
掲示してあった説明書きを見ると、菅原道真公所縁の神社としてこちらに祀られているとのことでした。

奥にも石碑が並ぶ

その右手に並んでいた石碑たち。
湯殿山、そしてこれも太神宮ですかね・・・ 真ん中の石碑は湯殿山大権現、右も同じく湯殿山、そして金毘羅の碑。湯殿山の碑が多いですね。
一番左は文政二年、隣は天保、湯殿山大権現は確認不足でよくわかりません。
右の湯殿山は文政、金毘羅の碑は慶應でした。

七稲荷

七柱のお稲荷様。
昭和40年代の半ばに、道真公のお告げで「禍を防ぐために境内七柱の稲荷を一か所に集めて祀ってほしい」と示されたため、ここに集められたとのこと。
昭和の時代って、僕が生まれたころじゃないですか!
今でもお告げとかあるんだな~と感慨深くお詣りさせていただきました。

十文字の天満神社は前から存在は知ってたんですけどなかなか参拝に行くまでにはなってなかったんですよね。今回初めてお邪魔してみたら、思った以上に凄い神社でした。
どうやら10月に例大祭があるらしいんですけど、それも立派なものらしいんですよね~。
氏子じゃなくても行っていいなら、ぜひお詣りしてみたい。

と、まぁそんな感じで気分よく帰ってきたのですが、帰り道にちょっと小腹が減って何かおやつが欲しくなったんですよ。
そこで「ちょうどよくぷれす亭さんがあるじゃないか♪」と寄ってみたのですが。

ぷれす亭

入り口にかろうじて「臨時休業」の文字が見えます。
前に来た時もやってなかったんですよね・・・
いか焼き、食べたいんですよ。ぜひまたお邪魔してみたいと思います!



あらためてお邪魔してみたら、凄い場所でした! 《吉祥院》

今日、早くも子供が最終の新幹線で東京に帰っていきました。
少しでもこっちにいてほしい気持ちはあるけれど、アパートに着いたら1:00過ぎだぞ?
それはソレで心配です・・・

さてさて。またしてもマニアックなネタですみません(^^;
お正月明け、ふと気になってこちらに立ち寄ってみました。

吉祥院

市内北部、千手堂地区にある守國山 吉祥院さん。
だいぶ昔とはいえ、一時期は仕事で出羽地区にお世話になっていたので知らないわけではないのですが、当時は今のような興味もなかったのでよく知らずにいたんですよね。
今回、本当に久しぶりにお邪魔させていただきました。

参道はこちら

さっきの写真は駐車場からの眺めで、実際にはこちら南側からの参道を通ってお参りします。
敷地内、境内はこのように石畳の参道になってますが、後ろを振り返ると、きっとこの道路がそのまま昔は参道として機能していたんだろうなという感じがしますね。

お地蔵さまは明和の生まれ

参道を進むと、すぐ右手にこのお地蔵さまが現れました。
向かって右側面には「明和」と元号が彫ってあります。いきなり江戸時代の石仏がお出迎えとは・・・
そんなに古いものとは思わなかったんですが、さすが吉祥院さんですね!

地蔵尊

さらに参道を進んで、右手のお堂にいらっしゃるのがこちらのお地蔵さま。
太郎吉地蔵と仰るんですね。
左側にある額に「正直太郎吉地蔵尊」と書いてあったんですが、どんないわれがあるんでしょう?

年代不詳

その太郎吉地蔵尊のお堂に向かう途中にも、こんなお地蔵さまが並んでいます。
お姿がだいぶ摩耗してきているように見えるんですが、風化してきたとすればこれもかなりの歴史がある石仏なんでしょうか。

出羽一佛

こちらが本堂。昭和46年に復元されたものということでしたが、その際は室町時代の山形城主、最上義守公が再建したときの建築様式に従って改修されたんだそうです。
五色幕が掛けられているこの姿は、以前からの僕のイメージどおり。

感嘆

お堂の内部も室町時代の様子を再現してあるんですかね。
この天井画や奉納された絵馬などを見ていても、厳かな雰囲気があって感動的。

御本尊は、ここではなく奥の院(宮殿)に安置されている千手観音と脇立の薬師如来、阿弥陀如来と合わせた「三尊」とのこと。
このうち千手観音の立像は、なんと国宝に指定されているんですよ。凄い!

本堂から右手のほうを見ると・・・

千寿稲荷

千手稲荷大明神。
お稲荷様は本当にいろんなところで祀られてますけど、気になるのはその名前。
ここは「千手」稲荷ですけど、こういう名前って誰がつけるんでしょうね?
「豊川稲荷」とかは由緒がはっきりしていそうですけど、こちらはきっとこの場所で名前が付けられたんだと思うんですけど、何かルールってあるのかしら?

お向かいにも

千手稲荷大明神のお社の向かいには、こちらの鳥居とお社がありました。
何のお社なんだろうと思って見てたんですが、ヒントになるようなものは見つけられませんでした。

無量塔

お堂を挟んで反対側、左手の方には池があって、そこに島のようになっているところがあります。
そこにもちょっとした見どころが。

百八煩悩石踏

「順禮入門 発大清浄願 百八煩悩石踏」
ここからスタートして、巡礼のようにずっと石を踏みながらこの先の島を回ると、巡礼が終わったのと同様に対岸が成就するという・・・ ことなんだと思います(^^;
要所要所に「鈴」が下げてあって、それを鳴らしながら回るんですね。

千手観世音

千手観世音菩薩の梵字が彫られた碑。

庚申供養塔も

その先には庚申供養塔もあります。

昔の大門?

延命地蔵尊と、右側のものがよくわからないんですよ。
「昔ノ大門一部」。それってどういうものなんでしょう?

ここを回りきると結願ということになるのですが、ここからまた隣の「島」へと橋を渡って移動するんですよね。
そこはそこで、また周囲を一周することになります。

地蔵菩薩から

渡ってすぐのところにあったのが、こちらの地蔵菩薩さま。
ここからぐるりと回ります。

大黒天(梵字)

右へ進むと大黒天の梵字が書かれた碑がありました。
その奥には大聖不動明王の姿が描かれた碑があったのですが、あまりにも陰影が薄くて写真ではよくわからず・・・ 素晴らしいお姿だったのに、残念!

弁財天と文殊菩薩

左は弁財天の碑。上部から下まで字が彫られているのですが、それはちょっとよくわからず。
部屋のようにくり抜かれたところには、上には弁財天の像なのかな・・・
下のほうには大黒様の像が置かれてました。弁財天と大黒天、やっぱり関係が深いんですかね。
ちなみに、右の石碑には文殊菩薩を表す梵字が刻まれてます。

阿弥陀如来ほか

この板碑には、阿弥陀如来に薬師如来、そして千手観世音菩薩という吉祥院さんの御本尊が梵字で刻まれていますね。

抜苦殿

終わってここに出てきてみたら、どうやらここから入っていくべきだったのかもしれません。
さっきの御本尊の梵字を彫った石碑が正面だったんですね。

曼陀羅塔

隣の説明版を見ると・・・
奈良時代、この場所に七堂伽藍が建てられたそうなのですが、いつしか千手観音堂だけになってしまったと。聖武天皇勅願1250年を迎えるにあたり、蓮池の中央にかつて保存されていた「七宝抜苦 福徳息災 延命曼陀羅塔」を復元建立したのだそうです。
これ見てから回ればよかったな~。

これ鳥居ですね

蓮池から駐車場のほうに来ると、壊れた鳥居が残されていました。

石棺

そしてその隣には「石棺」!?
どっかから移設・復元されたものなんでしょうか?
しかし石棺まであるとはすごいですね。

石碑も複数

大きな板碑がいくつもあるっていうのも驚きでした。
このタイプって・・・ 天童市の清池にある板碑に似た感じですよね。
梵字なのか、何と書いてあるのかはよくわかりませんでしたが・・・
ほかにも湯殿山の石碑などいろいろあってとても興味深かったです。

かつてここを見に来た時には、こんなに興味は湧かなかったな~。
やっぱり年をとって興味を持つ対象が変わってきたということか。
子供のころは山菜の美味しさがわからなかったというのと同じだな、これは。



また好きなものを見つけてしまったので。 《長井市/勧進代總宮神社》

年末、農家レストラン エルベさんで食べた後、山形市に帰る途中で良さそうなところを見つけちゃったんですよ。

鎮守

勧進代という地名の場所にある、勧進代總宮神社
長井市の街なか、あやめ公園の近くにも總宮神社がありますけど、こちらとはどんな関係が?

総宮神社

立派な鳥居に、立派な神額。
掛けられたしめ縄も立派なものですよ。

鳥居の左には石碑

実はこの鳥居の隣に、僕の大好きな「石」が並んでいるのを見つけて、立ち寄ってみたんですよね。
日は照っているものの結構寒くて、急いで参拝しながら境内を見せてもらってきましたよ。

歴史を感じる拝殿

荘厳な雰囲気を感じさせる拝殿。
この近くだと、かつて五所神社にも参拝したことがありましたが、この拝殿の造りって五所神社となんとなく似てますね。山形市の神社ではあまり見かけないスタイルだと思うんですよね~。
置賜ではこういう造りの神社が多いんですかね? よくわかりませんね・・・

ところで、この拝殿の右側奥に白い石が見えたんですよ。

奥には庚申塔

小さいながらも、きれいな字で「庚申塔」と彫られた石。
その奥にも何かあります!

庚申塔たち

石碑が4基。
左から、庚申塔、庚申供養塔、二十六夜塔、そして青面金剛の像が彫られた石碑。
基本的には庚申信仰の石碑がまとまっている感じですよね。
二十六夜塔には寛政の元号が彫られてましたが、境内にあった案内によると、青面金剛像の石碑には確認はできませんでしたが「宝永六年」と刻まれているそうですよ。

6基の石碑

鳥居の横に並んで置かれている6基の石碑。
左から湯殿山、青面金剛塔、その隣はちょっと読めそうで読めない感じ・・・
その隣は法印賢能碑、太神宮、青面金剛供養塔。

やっぱり庚申信仰に関するものがありますね。
それより、法印賢能って石碑は初めて見たかも。これってどういうものなんだろう・・・?
やっぱり神社はまだまだ知らないことばかりだ。奥深いな。



素晴らしい拝殿とたくさんの神々に出合う場所 《南陽市/熊野大社》

今日はいよいよ箱根駅伝
ご贔屓のところは往路優勝を逃しましたが、それにしても青山学院大学の黒田朝日選手が凄かったですね! あのタイム差をひっくり返すとは、やっぱり山登りって箱根のキモなんですね。
敵ながらあっぱれ、というしかない走りでした。

さて。昨日も昨日でニューイヤー駅伝NDソフトさんを応援してましたが、その前にさっさと初詣を済ませてたんですよ。

天満神社に

毎年恒例の小白川天満神社
今年は7:00ころにお邪魔したのですが、この時間だとほとんど誰もいないんですね。
というか、参拝客だけじゃなくてまだ氏子さん方もいらっしゃってなく、お札を買うにもまだ札所が開いてない・・・
お詣りも終わって、仕方ないからまた後でもう1回来るかーなんて言ってたら札所がガタガタと開きそうな気配。「待ってたらお札いただけますか?」って聞いたら大丈夫だというので、一番でお札をいただいてきました。
一番乗り・・・ 今年は幸先いいな、と思うことにします♪

そんな話の流れで、今日は先月やっと参拝にお邪魔できたところをご紹介したいと思います。

いざ。

素晴らしい青空!
この日は天気がとても良かったので、ドライブがてら南陽市の熊野大社に詣でてみました。
この鳥居から伸びる参道を見ると、いかに立派な神社か、かつてどれほどの信仰を集めていたかがうかがえますね。

大イチョウと

いよいよここからが境内に入る感じですね。
右手には名物の大イチョウ。山形県の指定天然記念物になっているんですね。

これはなんと?

左手にあったこの石柱にはなんて書いてあるんでしょう?
「〇石供養碑」って感じにも見えるんですけど、これって何ですか?

参道の石段

参道の階段。
ここを登っていく途中にも右手にお社が並んでますよ。
こちらの熊野大社には、3柱の大神と30の神様が祀られているそうです。

土社神社

まず最初に、狛犬の間を通って右手にあるのがこちらの土社神社。
自然を司る神様。

ひっそり隠れて

参道を挟んで反対側に案内板があるんですが、その後ろに目立たない形で立っている石柱。
読めそうで・・・ 読めない。
「〇坂供養(塔)」? 〇は「御」でいいのだろうか? 「坂」もほんとかな?

幸神社

土社神社の左手、階段を登ったところには幸神社があります。
道案内、交通安全の神様なんだとか。ドライブ好きなくせに方向音痴な僕には大事な神様だ。

幸神社の右手には

幸い神社の右に、神社がいくつも並んでいます。
左から、安産祈願の大宮子馬神社、中風病避けの青麻神社、山を司る山神社、それに古峯神社。
この石柱タイプの古峯神社ってよく見ますけど、防火の神様だったんですね。

そのさらに右手。

これら4柱の神様の右手には2基の石碑。
左の石碑には「青面」という文字が見え、右のものには日と月の模様があるので、どちらもきっと庚申塔ではないですかね。

奥には大社神社

さらに階段の上段にあたるところには土地を司る大社神社があるのですが、その手前、参道階段からすぐのところには湯殿山供養塔。

左手に湯殿山と月山

その左手にはお社が2つ。
左が月山神社。暦を司る神様だったんですね。
右が湯殿山神社で、こちらは医療・医薬の神様。初めて知った!

おおー

階段を登り終えると、いよいよ熊野大社に来た!って実感が出ますね。

洪鐘

すぐ左手にはこの鐘突き堂。神社に鐘楼?って感じがしたんですが、この鐘は寛永の時代に寄進された物というので、真っすぐ神社にというんじゃなくて、どこかのお寺に寄進されたものがここに集合されたってことなんでしょうかね?

熊野大社、拝殿

こちらが拝殿。
天明7年よりさらに前に建設されたという歴史的建造物。ホームページによると、「唐破風(からはふ)、千鳥破風(ちどりはふ)を萱でふくのは山形県独自の建築様式で、熊野大社の拝殿はその中でも最も古いもの」だそうです。この重厚感は萱葺きならではですよね。

御祈祷中

中では御祈祷の最中だったみたいですが、この歴史を感じさせる木の質感がいいですね。
これは素晴らしい。来てよかったです!

熊野大社、神楽殿

この神楽殿もいい感じ。
隣のお守りを売っているところの下屋部分がちょっと邪魔な感じもしますけど、これって最初からだったんですかね・・・

蟻王山八幡神社

拝殿前をさらに奥に進むと、こちらの蟻王山八幡神社があります。
八幡神社は武芸の神様ということで、スポーツの必勝祈願に来る方も多いそうですね。
さらには戌・亥年の守り神ということなので、まさに僕がお詣りすべき神様だ。

左隣にもお社があるのですが、これは何の神様なのかよくわからず。
男女一対の石仏が祀ってあったのですが、それって何ですかね?

遙拝所

八幡神社から右へと進むと、まずはこちら。
遙拝所と言って、ここを通じて遠方や故郷の神様にお参りするための場所なんだそうです。
そんなシステムがあるとは知らなかった!

三社並んで

左から順に、火を司る神様、愛宕神社。国土育成の神様、保呂羽神社。五穀豊穣の神様、羽黒神社。
さっきも湯殿山、月山の神社もありましたけど、羽黒神社は五穀豊穣の神様でしたか。

菅原神社

その奥にあるのが、学問を司る神様、菅原道真公を祀る菅原神社です。

鳥居が続く参道

そのさらに先には鳥居が続き、突き当りに稲荷神社があります。

参道の左手には

鳥居のすぐ左手に、お社と石碑が並んでいます。
一番左のお社は、雷を司る神様を祀る雷神社。真ん中は太神宮の碑。右は熊野山供養塔。

その奥には千手堂

そのさらに奥、右隣りには国土を司る神様を祀る千手堂。

正一位高平稲荷大神

そして一番奥の突き当りに、こちらの正一位高平稲荷大神。

三の宮神社本殿

拝殿の裏に当たるところに、本殿、二の宮、三の宮と並んでいます。
本殿には熊野夫須美大神(イザナミノミコト)、二の宮には熊野速玉大神(イザナギノミコト)、三の宮には熊野家津御子大神(スサノヲノミコト)が祭神として祀られています。


皇大神社

その右手。
天照大御神、日本国民の総氏神様を祀る皇大神社。

厳島神社と白山神社

水難除けの神様を祀る厳島神社と、縁結びの神様を祀る白山神社。

義家神社と景政神社

その右に並んで、必勝祈願の神様、義家神社と、悪霊邪気を祓う神様の景政神社。

和光神社

ここが一番端になりますかね。
土壌育成の神様を祀る和光神社。

招魂社

和光神社の奥にチラリと見えてました。国家安泰を司る護国の英霊を祀る社、招魂社。

もしかしたらところどころ抜けてるかもしれませんが、僕がお詣りしてきたところは全て載せたつもりです。30柱の神様なんていたかしら・・・

ハレ晴れ

お詣りが終わってから、新しくできたというお土産処、ハレ晴れさんを眺めてみました。
地元のものというより、県内各地のものが集められてる感じですね。
それはそれで楽しかったです。

熊野大社、拝殿は見るだけで心を奪われる感じだし、たくさんの神様について勉強もできてとても良かったですね。

別のところの古峯神社

帰りがけに、道路のわきにまた古峯神社が。
街なかにこうしたところが普通にあるって、このあたりは神様の町なのかもしれませんね。



旧街道・六十里越街道を歩く! 《その3》

さぁ、いよいよ大晦日。そして六十里越街道のシリーズも3回目です。
さすがにここまで引っ張っても、待っててくれるのはわずかなマニアだけなのでどんどん行きましょう 笑

このお堂がよくわからない

須川西側の船町から、国道112号線を越えていよいよ中山町へ。
その国道沿いの角に建つ地蔵堂です。ここは個人宅になるかと思うので近くまでは入れませんでした。
この写真とは別に、僕のスマホの秘密兵器10倍ズームでも撮影してみたんですが、さすがに逆光でよく見えませんでした。
左手にある石は石碑のようで、何か書いてあるんですけど詳細はわかりませんでした。

十一面観音堂

旧街道を北方面に進んで、少し行くと右手にこの立派なお堂がありました。
十一面観音堂。
お堂に掛けられた額には、「川西三拾三所 拾番 向新田 十一面かんぜおん」とありました。
川西三拾三所というのもあるんですね。いろいろありすぎてわからないですよ。

道沿いには石碑

お堂の前の道路沿いにある石碑。
湯殿山。これには「文化」の文字が彫られていました。

個人宅の前を通る

十一面観音堂からすぐ先に、道路左手、西側のところに月山神社の石柱がありました。
奥には社殿のようなものが見えますが、どう見てもこの参道ってどなたかの敷地、それこそ玄関前を通って向かう感じなんですよね。
ご近所の方は普通に通られるのかもしれないんですが、小心者の僕にはここを入っていくのはどうにも憚られて断念しました。

これも何かの石碑?

これは・・・ 何なんでしょう?
歩いていて、歩道からすぐ目の前に見えたんで気になっちゃったんですが、庭石として置いてあるようでもないし、まわりもわざわざ区切ってあるし・・・
何か特別な石なのか? と思ってしまいました。

05 中山に入る

ちゃんと見られず、疑問も残ったままでちょっとすっきりしないところがある区間でした。
機会があればもう一回・・・ 行けるかなぁ。

敷地内に神社の石柱が

さっきの敷地内の石と同じく、こちらの石柱も道路じゃなくて敷地内にあるんですよ。
このあたりって、道路が拡張されたときに皆さんこうした歴史的なものを個人で引き受けて残し続けてくださってるんでしょうか。
だとしたら素晴らしい地域ですね!

大黒天とお地蔵様

少し歩いたら、道路左手にこんなお堂がありました。
石仏が2つ並んで祀られてますが、左は打ち出の小槌を持って俵に乗ってるので、大黒様ですね。
そして右側の像はお地蔵さま・・・ と思ったのですが、よく見ると何か法具のようなものを持って胡座をかいているような姿。
これって、法具じゃなくて蓮のつぼみだとすると聖観世音菩薩の座像ではないですか?

ちょっと待てよ

この交差点でふと立ち止まりました。
このまままっすぐ進むのが自然なんですが、このままだと達磨寺さんの裏を通っていくことになるんですよね。この道路が後からできたと考えると、街道としてはお寺や神社のあるところを通っていたのではないかと考えました。

こっちの可能性は?

なので、あえて細いこちらの道へと入ります!

達磨寺

こちらの道を通ると、ちゃんと達磨寺さんの山門前に出るんですよ。
達磨寺さんはこのあたりの地名にもなっている由緒あるお寺なので少し見てみたかったのですが、この山門のところにはロープが張ってあって、檀家さんしか入れないのかなと思い諦めました。
何度も言いますが、小心者なんですよ。

中山の八幡神社

その先へと進むと、ちょうどだるまや菓子店さんがあるところでさっき左折してきた交差点から来た道と合流します。そのちょっと先にあるのがこちらの八幡神社
境内には一面にイチョウの葉っぱ・・・ とともに大量に銀杏の実が落ちてました。
でも周囲には石碑もありますからね。そこはもう、覚悟して踏んじゃいますよ 笑

銀杏と石碑②

社殿にもお詣りしましたが、それよりも石碑優先で(^^;
太神宮、湯殿山、竹駒宮。太神宮と湯殿山の碑は、こんな角柱の碑って珍しいような気がしますね。
いつの時代のものだったのかも見てくればよかったんですが、さすがに銀杏が気になって側面や裏側まではあまり見ないで戻ってきちゃいました。今となっては反省しきり。

銀杏と石碑

こちらはもっと古い感じのする石碑たち。
湯殿山供養塔、その左はおそらく腕が6本の青面金剛像ではないかと思われます。
そこから左にある石碑は、途中で折れてしまっていたり、彫られていた面が風化してはっきりとわからなくなってしまっていたりでなんとも判読できず。
そもそもこの日は石碑が日陰に入っていたので、彫ってある部分の濃淡がなくて見えづらかったんですよね・・・ 皆さんどうやってそこを見ているのか。何かテクニックでもあるのかな。

今日はここまで

八幡神社の後、COCHON D'orさん近くの交差点まで来たところで本日は終了。
本当はもっと行きたかったところですけど、諸般の事情で帰宅することになりました。
南寒河江ぐらいまでは行きたかったな~。


06 達磨寺周辺

この地図を見てみると、途中で左に曲がったところ、もしかしたらもうひとつ前のところで気づくべきだったかもしれませんね。
まぁ、正解はわからないんですが。

この後、電車で帰ろうと思ったのですが次の電車まで小一時間あったんですよ。
なのでこの機会にYUKIHIRA COFFEEさんで休憩させていただいたという次第でした(^^;

正一位稲荷神社。

そこから羽前長崎駅へと向かって歩く間にも気になるところがいくつか。
こちらは楯の稲荷神社。この長い参道が歴史を感じさせますよね。
これはぜひ参拝してみたいところですが、電車の時間があるので今回はパス。

ここも街道?

こんな石碑とお地蔵さまも。
ここにこんなに大きな湯殿山の石碑があるって・・・ ここも実は昔の街道だった?

帰ります

この日は土曜日。電車には、きっと今から山形駅前で飲むんだろうな~という方々もいらっしゃいましたね。いいなぁ~。
でももしそのまま駅前で飲んじゃったら、疲れてたからすぐ寝ちゃってただろうな。

よし、今回の旧街道探訪もなかなか充実してましたよ。楽しかったです!



ギャラリー
  • 大人気店のコース料理に大満足♪ 《OHMA》
  • 大人気店のコース料理に大満足♪ 《OHMA》
  • 大人気店のコース料理に大満足♪ 《OHMA》
  • 大人気店のコース料理に大満足♪ 《OHMA》
  • 大人気店のコース料理に大満足♪ 《OHMA》
  • 大人気店のコース料理に大満足♪ 《OHMA》
  • 大人気店のコース料理に大満足♪ 《OHMA》
  • 大人気店のコース料理に大満足♪ 《OHMA》
  • 大人気店のコース料理に大満足♪ 《OHMA》
記事検索
アーカイブ
プロフィール

トウヒ

山形市在住の50代オトコです。
美味しいモノを食べるのが日々の小さなシアワセ♪
山形は美味しい物を安く食べられるのが当たり前。
そんな山形市から、日々の幸せをおすそ分けいたします(笑)

Touhiへのメッセージはこちら

非公開のメッセージ機能です。 「この記事、削除してくれー」など、もしご連絡等があればこちらからお願いいたします。 もしそんなご迷惑があれば、本当にすみません・・・    

名前
メール
本文
  • ライブドアブログ